
質問
2025月07月02日 回答
日本でPC-AT互換機(以下互換機)が普及した始めた頃のことで質問です。
当時IBMがDOS/Vを開発したことが互換機普及のきっかけとなったと記憶していますが、実際に互換機とDOS/Vを買ってきて使っていた人はあまりおらず、実際に互換機が普及したのはWin3.1辺りからの日本語が使えるWindowsの普及に伴ってのことであったと記憶しています。
であるのに当時なぜあれほどDOS/Vは話題になったのでしょうか?わたしは年季はあれどプログラムなどしたことのないライトなパソコンユーザーですが、そのレベルには見えてこない決定的な要素をDOS/Vは持っていたのでしょうか?当時の業界をご存知のりおぽんさん、もしよろしければ教えて下さい。
回答
DOS/Vがリリースされた当初に騒いだのは確かに「廃人」と呼ばれるようなパソコンマニアでした。僕は当時、台湾にパーツを買いに行って、小籠包を食べ、帰ってきてはPCを組み立てるということをやっていましたが、こんなことをフツーの人はしません。このマニア以外ではPCゲーム層ぐらいでした。
DOS/V普及のキッカケになったのは、DOS/V上で英語版Windows3.0を使えるようにするドライバ「Win/V」の登場が大きかったです。これでアグリーで遅いPC-98のWindows環境との間で決定的な差が付いた。
「Win/V」の開発をしたのはライターとしても知られるCFコンピューティングの西川和久さんで、一見すると日本IBMは関係ないようですが、西川さんの奥さまは日本IBM社員です🤣。西川さんはのちにDOS/Vで正式サポートされる「V-Text」を開発したりと、最初期のDOS/V普及で大きな役割を果たしています。
日本IBMが上手かったのは、当時はインターネットがなかったのでニフティサーブなどの商用パソコン通信でしたが、これをうまく利用したことです。適度に情報を小流しして、DOS/Vをパソコン通信みんなのムーブメントにした。SNSが火付け役でした。
日本IBMでThinkPadなどのマーケティング責任者をされていた竹村譲さん(ゼロハリさん)という怪人物がいるんですが、僕が六本木事業所に取材(遊び)に行くと、関西弁で「りおぽんさん、すごい話があるで」といろんなことを教えられた。当時ニフティの某フォーラムでサブシスをしていた僕がこれを聞いて夜、ネットでIBMの内部情報として書き込むということもやっていました。あの甲高い声が今も聞こえてきそうだな😅。
1990年代初頭のパソコンユーザーのムーブメントにできたことが大きかったでしょう。そしてトドメにWindows3.1がリリースされたわけです。
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