日本は通貨危機なのですか？

「通貨危機」に明確な定義はないけれど、「通貨の価値が暴落すること」を指す。まだ記憶に新しい2021-2023年の「トルコ通貨危機」では、リラの価値が1年で約半分になった。その結果、ドルなどで借りていた対外債務が膨らんで、返せなくなった。そのためトルコ政府の威信は低下、さらにリラが下がるという悪循環に陥った。

この結果、トルコは輸入物価高になり、激しいインフレが起こった。月のインフレ率が36%とかいうむちゃくちゃな月もあった。人々は日に日に上がる物価に怯えて、リラではろくにパンも買えなくなったという。年金生活者はもう暮らせなくなった。

この「トルコ通貨危機」が発生したのは、エルドアン大統領が自分が大統領選に再選するため、激しいインフレが起きているのに、トルコ中央銀行に圧力をかけて、金利を無理矢理引き下げて、インフレ率を30% も下回る低金利にさせたのが主因だという見方でエコノミストたちは一致している。金利を下げれば直近では景気が良くなるし、企業も輸出競争力が上がるからね。でも経済学的に言えば、これはあり得ない愚策。

最近の回答で米トランプ大統領がFRBに圧力をかけて金融緩和や利下げをやらせたのを「やってはいけないことをやった」と書いたと思うけど、ポピュリストの権力者が中央銀行に介入するということが、どれだけ悲惨な結果を生むのかを如実に表しているのが、このトルコ通貨危機。

エルドアン大統領は再選され、リラの買い支えを命じたけれど、そんな策はなんの役にも立たない。結局、自分の再選のために引き上げさせた政策金利をどんどん上げることで対応するしかなく、今年3月にはトルコ中央銀行は政策金利をさらに5ポイント引き上げて、50%になった。それでもリラは下げ止まらず、2020年ごろ1ドル5-6リラだったものが、現在が1ドル33リラ前後で推移している。リラの価値は約4年で約6分の1に下落した格好。

エルドアン大統領がトルコに通貨危機をもたらすのは2018年以来なんだけど、それでもトルコ国民は2023年大統領選で金融正常化を訴える対立候補ではなく、エルドアンを選んだ。僕は日本の財務省のエコノミストがこのトルコ通貨危機について分析したレポートを読んだことがあるけれど、結論としては人々がリラを信用しなくなってドルなどの外貨や金を選好するようになって、トルコ経済が「ドル化」、政府の経済政策がまったく機能しなくなるというものだった。

通貨危機では他に1997年のタイのバーツの暴落をきっかけにアジア諸国で連鎖的に通貨の暴落が発生した「アジア通貨危機」と呼ばれるもの。巻き込まれたのは、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンといったところ。タイバーツ暴落のきっかけは、ヘッジファンドに投機的に狙われたためらしいけれど、本質は経済の実態に比べて為替レートが高かったこと、外貨準備高が手薄だったことがあると僕は見ている。

このアジア通貨危機は通貨だけの問題だけにとどまらず、金融危機も発生した。キャピタルフライトも起こった。対外債務が払えなくなってデフォルトの危機に瀕した国もあり、タイや韓国はIMF管理下に入った。余波は日本にも及んで円が20円も急騰、景気が悪化している。新興国の通貨への信認も下落したので、翌年の1998年には「ロシア通貨危機」が発生、ルーブルの価値が暴落して、ロシアは債務が返済できなくなって、デフォルトを宣言している。

これらの通貨危機では、いずれも自国経済は大混乱して、人々の生活にも大きな影響を与えている。

以上のようなことは、「まだ」日本では現在起きてはいない。だから日本は「まだ」通貨危機ではない。

しかし以前から回答してきたように、日本は「異次元の金融緩和」をやってそのツケを払っている真っ最中。巨額の財政赤字を抱えて、政府の財政管理能力に対する世界の金融関係者の信用も低い。国債を中央銀行に引き受けさせる「財政ファイナンス」という禁じ手を事実上やってきた。

「円が暴落する要素」がないわけではない。財務官僚も日銀関係者も「円暴落による日本通貨危機」の恐ろしさを承知しているから、数年前から他国の事例の研究に余念がない。それでも投機勢に円の空売りを仕掛けられれば、「円の暴落」というシナリオはあり得る。

日本人は円、つまり「日本銀行券」を持って、日常的にお買い物をしている。それが当たり前の風景。「通貨危機」っていうのは、それが当たり前ではなくなるっていうこと。

先述の財務省のレポートでは、円の暴落は避けなければならないと力説していて、いかにこの当たり前が大切なのか、サン=テグジュペリの「星の王子様」の次の文句を引用していたーー「大切なものは目に見えないんだよ」。