贋作を掴まされそうになった、或いは実際掴んだことはありますか？

たぶん美術品の世界に詳しくない方だと思うんですが、「何でも鑑定団」で即座に贋作と判定できる程度のチープな贋作は、僕はさすがに掴まされません。でも、この世界には、とても精巧に作られた偽物・贋作が大量に出回っているんです。これがわからない。

「何でも鑑定団」だと、作風が違うとか落款が違うといった小学生レベルの真贋を鑑定していますが、精巧な贋作はその作家・画家を専門にしている鑑定家が鑑定してもわからないことがあります。ではどうやって真作か調べるかとなると、まず「来歴」を調査します。過去の所有者を調べていき、なるほど岩崎家所蔵だったとか、松平不昧公所持が確からしいとかといったことです。さすがに不昧公が偽物を所持していないだろうと信頼するわけです。あるいは某美術館が催したその作家の特別展でその作家の作として展示されており、図録にも載っているといった「展覧会歴」というものがくっ付いているかどうかも調べます。

もう一つは「科学鑑定」と言われる手法で、例えば谷文晁なら、その絵で使われた絵の具が当時使われていたものだったか検査するとか、絵にくっ付いて残っていた毛筆の毛の元素を調査するといった具合です。こうした鑑定作業はコストもかかるので、高価な作品にだけ行なわれます。

でも、これでもわからないことがしばしばあるんですよ。谷文晁なんて、弟子の作品でも弟子が頼んだら自分で落款を認めてあげて、本人作として高く売れるようにしてあげたそうですから。こうなると、明らかに技量が違う弟子の作ならともかく、そこそこ腕が立つ弟子の作に谷文晁自らが本人の落款を認めたとなると、真贋の判定は相当困難です。

谷文晁生存時から弟子の作をつかまされた人が谷文晁に文句を言ったら、本人が「いや、これは私が落款を押したんだから本物です」と言ったという逸話が残っています。こうなると、もう何が何やら。昔は真贋に対しておおらかだったので、ほとんど弟子が仕上げたものに、ちょいちょいと師匠が手を入れて本人作として流通させたものも、けっこうあります。

これはスペインでの出来事ですが、これまでカラヴァッジョの弟子の作品として伝えられてきた作品が、約20万円ほどの価格でオークションにかけられることになり、プラド美術館が鑑定した結果、真作ではないか、という騒ぎになりました。結局、2人のカラヴァッジョの鑑定専門家が真作であると断定した結果、この絵はカラヴァッジョとして評価されることになりました。絵の価値は20万円から一気に100億円以上の評価になっています。

この逆ももちろんあります。真作として流通していたものが、逆に贋作だとわかる場合です。一昨年ぐらいのことですが、サザビーズがジャコメッティの真作としてオークションにかけたものが、その後、贋作と鑑定されて落札者たちに返金するという事件も起こっています。サザビーズは出品前に当然真贋を鑑定しますが、それでもわからなかったわけです。確か数億円レベルの損害賠償になったと記憶しています。

さらに専門家が見ても、来歴を調べても、どうも限りなく真作っぽく、とても良い作品なんだけれど、本人作とは決めつけられない場合も多々あります。こうした作品には「伝本阿弥光悦」と言った具合になります。このクラスの真贋を見極め難い作品は、美術館でもけっこう所蔵しています。本物と贋作の間にグレーゾーンがたくさんあるのが美術品の世界です。それが面白さでもあります。

一説には、世の中に流通している美術品の三分の一以上は偽物・贋作だそうですから、美術品を蒐集している人間が贋作と無縁だということはあり得ません。僕は著名な古美術商から、鑑定の結果、確かな作だったということで購入した作品が、後の鑑定で贋作と鑑定されたことがあります。ここまでくると、もはや手の打ちようがありません。真贋が二転三転することもあります。

質問の谷文晁は、チープなものを含めて、やたら贋作の多い画家です。僕の蒐集対象ではないので所蔵していませんが、もし手を出すとしたら、基本的には来歴が確かな「伝来品」に手を出すと思います。それ以外の「伝世品」は、万が一、谷文晁ではなくてもかまわない、絵がおもしろいと思った場合にだけ、手を出します。