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お集めの美術品の中には篆刻もございますか?

質問

りおぽんさんがお集めの美術品の中には篆刻もございますか?
書を嗜んでおりますので、もしご披露いただけるお話があれば聞いてみたいです。

回答

篆刻は、骨董商なんかで見かけると、面白がって購入しています。でもエピソードがあるのは、自分自身の篆刻印です。僕は書はやりませんが、俳句に俳画を書いて遊んだりします。そうなると「落款印」が必要になります。また「蔵書印」も欲しいところでした。 また「遊印」をまさに遊びで作ろうと考えました。

上記は趣味でやることですから、せっかく作るのなら凝ろうと思いました。

まず篆刻を彫る石、つまり印材です。日本で篆刻に使う石と言えば「青田石」ですが、それではつまらないと考えて、「寿山石」のそれも「田黄」と見られるやや黄味がかった石を3本取り揃えました。これもお好みでやや透明感がある黄色が綺麗に出ていると思えたものを選んでいます。もう1本だけ「巴林鶏血石」と言われるモンゴル地方で取れる血の色の赤い石にしました。いずれも篆刻の本場の中国で珍重される石です。これらはすべて中国ルートで入手しています。

これに「落款印」には僕の雅号である「酔象」を、蔵書印には「酔象堂文庫」を、有名な篆刻作家に彫っていただきました。また「田黄」の「遊印」には管子の「思索生知」という僕が大好きな文句を選びました。これはご存知かもしれませんが、「道理や物事の筋道を良く考えれば、知恵が生まれるものだ」という僕の座右の銘です。

一方の「巴林鶏血石」の方には「和敬清寂」とか「一座建立」みたいな格好良いのも考えたんですが、「遊印」なんだから硬いのばっかりではつまらない、1本ぐらいは遊ぼうと、「茶は服の良きように点て」「花は野にあるように」で有名な「利休七則」から、あんまり人口に膾炙しない「降らずとも傘の用意」を選びました。これは一般に「備えは怠るな」「他者への思いやりを常に考えて、不測の事態に備えろ」という意味だと解されています。

また印章のつまみの部分には「印鈕」(いんちゅう)と呼ばれる、ごくごく小さな彫刻をこれは印紐作家と呼ばれる石の彫刻家に彫ってもらっています。モチーフは獅子、龍などの古獣や蛙、亀の4種です。

以上はとても金がかかった遊びでしたが、まあ遊びというものはそういうものです。この印材にした石について、篆刻作家も印紐作家も、「とても良いものですよ」と言っていただけました。

しかし「田黄」と言うのはとても高価なものなので、偽物の方が遥かに多いんです。でもまあ偽物でもいいや、ぐらいに考えていました。ところが中国の宋青磁なんかの扱いで面識がある中国人の古美術商にこの篆刻印の話をしたら、ぜひ見せて欲しいと言われました。そして陶磁器を僕に売り込むついでに、石の鑑定家をともなってやってきました。

鑑定の結果は「田黄」に間違いがなく、それも清の時代には取り尽くされたとされる最高級品であると言われました。「田黄」にはさらに細かい分類があるんですが、「枇杷黄」と言う枇杷の色をしたものや、「桂花黄」と呼ばれるキンモクセイの黄色のもの、「黄金黄」「金抱銀」と言うべきものであると判明しました。

この「田黄」には「温」や「潤」などの「六徳」が備わっていることが重要なんですが、いずれもこれが備わっており、また大根のような「蘿蔔紋」と言うものや「紅筋」と言うものもあるという鑑定結果でした。

また「巴林鶏血石」は採掘してから1年も放っておくと酸化して鮮やかな赤が黒ずんで来るものなので、最近採掘されたものだろうと僕は安易に考えていたんですが、鑑定士によれば、これも最近はこんな綺麗なものは採掘出来ていない、石質が最近のものとまったく違うから、清王朝崩壊以前のものであるという見立てでした。この清王朝崩壊以前の「鶏血石」は、僕は台湾の「故宮博物院」なんかで見たことがあるレベルでした。前述のように1年も放っておくと黒ずむものなので、どうやって保管されて来たものなんだろうと鑑定士も不思議がっていました。

そして鑑定価格ですが、「りおぽんさんのお名前などが彫ってあれば、それはただの良い篆刻印ですが、これを削って売りに出せば、中国の石蒐集家であれば、数百万円は出すでしょうね。これだけ大振りで良いものは今どき入手出来ませんから。中には数千万円以上の値が付くかもしれない博物館級のものがあります」と中国語で言われました。「りおぽんさん、これは印材にするレベルのものではありませんよ」とも笑われました。これには僕もビックリしました。

ちなみに僕の「田黄」の入手価格はかなりお高かったですが、そこまでではありませんでした。こういうこともあるんだなぁと思わされました。

ご存知かも知れませんが、中国は2007年以降、1911年の清王朝崩壊までに制作された美術品の国外流出を禁止しています。国外に持ち出せるのはアンティーク雑貨に近いものぐらいです。

僕のこの印材もおおむね清以前に採取されたものという見立てだったので、税関で止められる可能性もありました。しかし博物館級であっても見た目はタダの石であること、清王朝崩壊以前に採掘されたなんて税関職員には分からないこと、そして僕の購入価格がそこまで高くなかったことから、見逃されたんじゃないのか、とこの鑑定士は言っていました。

まことに不思議な経緯で入手した篆刻印が、今も4本僕の手元にあります。

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