デザイン・シンキングは今なお有用なツールであると思いますか？

そもそもの「Design Thinking」をどう解釈し、定義するか次第でしょう。

①IDEOという企業を支えたバックボーンとしての「Design Thinking 」。これはIDEOが大幅なリストラをやらざるを得なくなったのは「事実」なので、なんらかの曲がり角を迎えたと考えて、その原因を考える必要があるでしょう。米国の経済記事で派手に「終わった」と書かれているのは、この文脈でしょう。ただ③で触れますが、東部エスタブリシュメントの思想から逃れられない人たちにとって、IDEOの成功は心のどこかで面白くないことなので、その失敗は殊更に「終了」と騒ぎたいんだと思います。

②プロセスやプロジェクトアプローチ手法としての「Design Thinking」。日本で理解されているのは、この定義だと思います。「Logical Thinking」や「Art Thinking」、「Critical Thinking 」なんかと並べて、「おいおいDesign Thinking 、ってものすげーじゃないか、っていうヤツです。特にDX導入プロジェクトなんかで流行になったと思います。

しかし万能のアプローチ手法なんてあるわけはなく、これはよくある海外からの手法の輸入とその流行だと僕は思っていました。流行ですから、どこかで「流行は終わり」ます。その意味で言えば成功事例だったIDEOのレイオフで一気に目が覚めた。だから日本でも「終わった」と言われるんでしょう。

でも逆に言えば、他に万能な手法が見つかったわけではないので、個々人やプロマネなんかが頭の中で、Design Thinking の良いところを使ってプロジェクトにアプローチしていけばいいだけなんですよ。あれは「Emphasize」と「Ideate」の部分に、他の思考法にない新しさがあると、僕は思っています。流行だとかなんだとかを別にすれば、これはまだまだ使えます。その意味で言えば、Design Thinking は一過性の流行が終わって、本当の意味で消化されて、実際の役に立つのはこれからでしょう。つまり死んではいません。

③本来のDesign Thinking。これが日本ではあんまり理解されていないんですが、「Design Thinking 」って単なるプロジェクトアプローチ手法ではなく、「思想」であり、その「ムーブメント」なんです。その部分がごそっと抜けてプロジェクトアプローチ手法だけ日本に輸入された感が拭えません。

あれは新しい企業経営のあり方や事業アプローチ手法、それに従業員マネジメント術などをぜんぶ含めていくつかのデザインファームが結び付いた時に骨格になった「思想」だと僕は思っています。トム・ケリーの「The Ten Faces of Innovation」や「The Art of Innovation」を読まれたことがあると思いますが、僕はこれはイノヴェーション技法を借りた「自分たちの思想の普及書」だという印象を受けました。

やっぱりあれはカリフォルニアっぽい考え方だし、いかにもパロアルト発で、スタンフォード大学のディビッド・ケリーが創業した会社だなぁと僕は思ってしまうわけですよ。ケリー兄弟の「Creative Mindset 」って確かどっから邦訳が出ていましたよね。あれなんかもう「自己啓発書」ですよ。謳っているのは「デザイン中心のあり方」で「人間中心のデザイン」です。「自分から行動を起こして、このやり方で人生を変えろ」と説いているわけです。これが実は「Design Thinking 」の核心なんではないかと。

どうも僕はこういう思想に弱いんです。子ども頃に「California Dreaming」なんぞを聞き、「Flower Children」にちょっと憧れっぽいものを抱いてしまったせいでしょうか。「Creative Mindset」を読んで、ああこういう思想はカリフォルニアに根強く残っていて、何かあればパッと芽吹くんだなぁという印象を強く受けました。

これは脈々と流れる思想ですから、死ぬことはありません。