京都で定宿にしているのはどこですか？

僕が本来、京都の定宿にしているのは、ホテルではなく旅館です。京都には俵屋、炭屋、柊家という老舗旅館があるんですが、そのうちの一軒だと思ってください。

そんなに部屋が広いわけでもなく、特殊なサービスがあるわけでもありません。最新の高級ホテルと比べれば、設備では劣ります。

でもお部屋からはそのお庭専用の良いお庭が見えます。部屋にかかっている掛け軸が、何気に酒井抱一だったり、狩野探幽だったりします。しつらえもすべて本物です。それをおかみが派手ではないですが、丁寧に飾っておいてくれます。一度ある時そのしつらえを褒めたことがあって、それ以来、それが僕の好みだと思ってくださっているようです。

お料理は量はさほど多くはありませんが、繊細な京料理です。お風呂は古い旅館なのに良い木の香りがします。お部屋の隅にある京都の井戸水で手が洗えます。祇園のお茶屋さんでも「今日の泊まりは◯◯だ」と告げると、「そりゃまたようどしたなぁ」とおかみさんに一目置かれます。

僕とこの宿とのお付き合いはもう半世紀ほどに及ぶので、おかみさんどころか、宿に入ったところにいる案内係の方とも顔馴染みで、僕の顔を見ると「ようおかえりやす」と言って、お客さん用の休憩室に案内してくれて、その間に荷物を部屋に運び入れておいてくださいます。

お部屋ごとの仲居さんも決まっていて、空いていれば、僕はだいたいいつも同じお部屋に泊まるので、この仲居さんともお馴染みさんです。だから僕のお酒の好みまで覚えていてくれます。僕が食べるタイミングを見計らっているようで、お料理がどんどんお部屋に運ばれてくることもありません。もちろん温かいものは温かく、冷たいものは冷たくです。

宿はこじんまりしていますが、祇園から酔いざましに歩くのにもいいロケーションです。

ただ小さな宿の上、人気も高いようなので、今回のように急に行く時には予約が取れません。今回は大人4人で一部屋に泊まろうということになったので、なおさらです。おかげで初めての外資系ホテルの広いスイートルームしか選択肢がありませんでした。そのホテルチェーンは僕のお気に入りなので、良いかなと思っていたんですが。。。

僕が京都に行った時、お散歩したり、遊んだりするのは東山から中京区にかけてです。古門前や新門前をぶらつく場合がほとんどです。ですから良いホテルであっても御所の西側の二条城の近くや嵐山なんかのホテルは不便なんです。なので定宿に予約が取れなかった場合、これまで泊まってきたのは、フォーシーズンズやリッツカールトン、そしてウェスティン都ホテルあたりです。この辺はどこも悪くないと思います。ここ5年ほど、京都にはやたら新しいホテルができたんですが、まだ泊まったことがないホテルがほとんどです。

そして僕には究極の奥の手である、「従姉妹のお寺さんに泊めてもらう」という手があります。もちろん布団の上げ下ろしは自分でする必要があり、みんなの食事どきに庫裏に顔を出さないと、食いっぱぐれて、「どこか表で食べてきて」と言われます。従姉妹の子どもの相手もしてあげなくてはなりません。料理はだいたい仕出しかおばんざいをどこぞのお店で買ってきたものです。ヒマそうにしていると遠慮なくこき使われて、お寺の入り口で拝観客の切符のもぎりをやらされます。

でも早朝に起きて(起こされて)、広い庭園を独り占めして園内をお散歩していると、最高の気分なんです。季節季節の花が咲いていて、どこからか良いお香の香りが漂ってきたりします。読経の声も聞こえてきます。僕が行くといつも泊めてもらう部屋の襖絵は重要文化財です。僕にとってこれ以上京都らしい京都のお泊まりどころはありません。でもあまりに頻繁に泊まるのは迷惑でしょうから、年に一度ぐらいにしています。ただ菩提寺でもあるので、顔は頻繁に出して、お墓の前で先祖の供養をしてはいますが。