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記者としての経験

新聞社に見切りをつけた理由を知りたいです。

質問

来年経済学で大学院に進学する者です。
アカデミックに興味はありつつ、若い頃はなかなか金銭面で苦労することが目に見えており、日経新聞の経済部に就職し学んできたことを活かしていければと考えています。

日経新聞は電子版などでうまく行ってる稀有な新聞社でありながら、経済部への優遇も強いと聞きますし、日本経済研究センターへの出向や海外で学ぶ機会(いつまで財務体力が持つのかはわかりませんが)もあるため、進路選択として自分の希望と近いのではないかと思っています。

簡単にで大丈夫ですので、りおぽんさんが新聞社に見切りをつけた理由を知りたいです。

また、今のシュリンクしてる新聞業界に就職することにも不安がありますが、りおぽんさんは2年後とかに新聞者に入社することをどう思われますか?

回答

まず話の大前提としてお話ししておくと、日経新聞の「経済部」というのは、日経新聞社の記者職のエリートコースです。社長もだいたい「経済部長→編集局長→社長」です。

でも、日経新聞社は経済紙ですから、「経済関連の部署」というのがたくさんあります。最近いろいろ組織をいじくっていると聞くので、現在どうなっているかは調べていただきたいんですが、僕が知っている頃は、企業取材をする「産業部」(これも産業一部といった具合に細分化されていた時代もありました)、証券関連の取材をする「証券部」、日経MJの発行にも責任を持つ「流通経済部」、商品市況を調査する「商品部」なんかがありました、経済部に中の金融機関取材だけを別にした「金融部」が設けられたり、確か経済論説的な紙面を担当する「経済解説部」というのもあると聞いた気がします。

日経新聞社に記者職で就職して、この「経済関連の部署」に行くのは難しくありません。他の新聞社に多い「社会部」とかに行く方が難しいです。また日経は地方の社会部が取材するような事件を自社では取材しませんから、地方部局の規模も小さいです。大阪、名古屋などの大都市を除けば、支局長の1人支局、いても記者2ー3人のところが多いです。警察関係の事件は追いませんから、名古屋支社には「トヨタ担当」といった具合の記者がいます。ただ他の全国紙の最初の仕事がたいてい「地方支局の警察署の記者クラブ所属」であるのに対して、日経では初任ではまず地方部局に行くことはなく、東京勤務で社会人生活を終える記者も少なくありません。

話を戻しますが、日経では「財務省」「日本銀行」なんかを担当する「経済部」はエリートコースです。最近どれぐらい採用しているのか知りませんが、僕の頃は50人ぐらい記者職を採用していて、この「経済部」に行けるのは2人ぐらいだったと聞きます。今はどうなのか知りませんが、僕らの頃は入社試験の時の筆記試験や入社後の配属前にやる新人研修で先輩記者が新人と懇談して、試験の成績上位の中からめぼしいのを選んで、経済部と政治部がまず人を取る、と言われていました。

そして新聞社はさまざまなんですが、日経は確か「本籍」があるタイプの新聞社だったと思います。この「本籍」というのはおおむね「初任で配属された部署」になります。例えば「政治部」が本籍になれば、基本的に政治部内で担当を異動し、人事交流なんかで時折「経済部」で勉強をつまされたり、海外特派員として海外支局に行ったりしますが、また政治部に戻されるシステムです。

ですからあなたが「日経新聞社の経済部」というのをどういう意味で使っているか次第ですが、純然たる「経済部」という意味であれば、まず行けないと考えて就職した方がいいです。行けるかどうかは就職試験の成績上位になってあとは運次第です。「経済関連の部署」であれば、よほどのことがない限り、まず行けます。

ただ「証券部」の記者が「産業部」に移動したり、「産業部」の記者が「経済部」に行けるような移動は僕の頃はわりと少ないと聞きました。「経済部」は確か「政治部」と定期的な人事交流をやっていると聞きましたね。

企業取材が当然多いですから、日経で一番配属される可能性が高いのは「産業部」で、これは日経本紙の「産業面」の紙面を担当しながら、「日経産業新聞」の紙面にも責任を持ちます。次いで「流通経済部」「証券部」あたりです。

「朝日」や「讀賣」の経済部がこれらをぜんぶやっているのに対して、日経はこのように経済関連の部署が細分化されているのが大きな違いです。

僕が政治部記者だったとか経済部の大蔵省担当だったと気楽に書いてしまっているので、誤解されたら申し訳ないんですが、僕が某テレビ局に就職した時、記者職の同期が50人ぐらいいたんですが、このうち45ー46人は地方支局の警察署の担当でした。東京に残った3ー4人のうち、政治部に配属されたのは、僕1人です。後に地方支局から政治部に呼ばれたのが1人2人いた程度です。このテレビ局では政治部長経験者が報道局長などになっていく慣わしでした。

また経済部で一番の花形の財研(財務省の記者クラブ)に配属されるのは、日経でも1年次に2人程度だと思います。ですから、一応入社時点では、僕は「将来を嘱望されるエリート」だったんです😅。それが好き勝手なことをやっているうちに、「変わったヤツだ」と思われて、どんどん傍流に追いやられただけなんです🤣。ですから日経に就職しても、日本経済研究センターに出向できるのは1年次1人いるかどうかですし、海外特派員になれるのも一握りです。日経の場合、ほとんどの記者が東京か大阪の企業取材をし続けます。

前置きが長くなりましたが、僕が記者というものに見切りをつけた経緯をお話しします。

違和感を感じ始めたのは、テレビ局の記者時代です。当時、記者というのは朝出勤したら、全国紙各紙に目を通して、気になった記事を切り抜いて、これをスクラップブックに貼っていくのが「ならい」とされていました。僕も先輩記者から言わたので、当初は真面目にこれをやっていたんですが、だんだんこの有用性に疑問を抱き始めたんですね。だって嵩張るし、検索性がぜんぜんありませんから。

当時、日経新聞社が今の「日経テレコン」につながる記事データベースサービスを、社内のデータバンク局というところでやり始めました。そしてこれを使ってくれる顧客兼モニターを、何社かだと思うんですが、アプローチしたんです。でもほとんど応じる記者はいなかったと聞きます。当の日経新聞社でさえ、応じたのが後にIT業界担当の編集委員になる関口和一さんぐらいで、産業取材センターで関口さんが1人でポチポチ使っていたと噂に聞きます。

僕もこの日経デバ局のアプローチに「我が意を得たり」と思い、稟議書を書いて、上に出しました。幸いオーケーが出て、契約を結んでもらい、放送センターに端末を置いて回線も引いてもらいました。「みんなで使う」という前提だったので、IBMの5550とNECのPC-98が入りました。

でも、結局、誰1人使わなかったんですね。使ったのは、僕1人でした。だからこの2台は僕の専用になりました。便利だったので、使いまくり、だんだんスクラップブックなんてやめてしまいました。日経デバ局の方の要望に応えて、ユーザビリティの改善提案もしました。でも、これが先輩記者たちに評判がとても悪かったんですね。付いたあだ名が「新人類記者」、もちろん揶揄です。

この当時、メディアのデジタル化を予想していた記者はレア中のレアで、科学技術部の一部記者を除けば、先述の日経の関口さんとか、後に「ASAHIパソコン」の編集長になる服部さんとか、数人だったと思います。この頃、ビル・ゲイツが初来日するんですが、話題にもなりませんでした。僕はまったく情報産業担当でもなんでもなかったんですが、この記者会見をのぞきに行きました。確か集まった記者は僕を含めて4人だったと記憶しています。そういう時代でした。

僕が新聞社に見切りをつけたのも、似たようなことでした。僕が新聞社を辞めたのが1997年です。Windows 95とそのアドオンパックが発売されてインターネットが普及し始めて、まもなくWindows98リリースでそれが一気に加速する前夜です。この時には僕は情報産業担当記者になっていました。

そして僕に「ニューヨーク特派員」の内示が下ったんです。僕は行くとすればニューヨークかパリ、あるいはシリコンバレーだと思っていたので、これは順当な人事でした。新聞記者というのは、語学の得意不得意にあんまり関係なく海外特派員に決まる場合が多いので、特派員内示が出ると当面の仕事を離れて、半年間ぐらい語学研修を中心に過ごす慣わしでした。でも僕は英語で取材するのに何の不自由もなかったので、一気にヒマになったんです。それでこの期間を使って、今後の自分の会社のあり方を考えてみようと思いました。

この時、やはり柱になったのが「デジタル化、IT化」でした。当時、ようやく各新聞社も自社HPを立ち上げ始めましたが、人も金も割いていなかったし、力も入っていなかった。自分たちで騒いでいるので、アリバイ作りのようなものでした。もちろん電子メディアとしての収益モデルもない。たぶん当時は日経新聞社もそう変わらなかったと思います。基本、無料サイトでした。

この時、僕はヒマに任せて、海外新聞社の動きなんかも調べて、WordとVisio、Excelを使って、合計30ページほどの提案書を作りました。そしてこれを経済部長や編集局長、社長や役員なんかに提出したんです。

骨子は「記者全員にノートPCを持たせて、PCが使えるよう、今の言葉で言うリスキリングをする」「これにPCMCIAのワイヤレスカードを差して、どこでもインターネット回線が使えるようにする」「記者は記者会見場でこれを使って記事をその場で書いて、これをネットでデスクに送り、デスクがこれを編集したら校閲などの最低限のチェックを受けたら、電子版にまずこれを掲載する。これで他社を抜き放題の速報性の高いメディアになる」「紙の紙面を編集・構成する整理部とは別に電子版編集部を作る」「新聞社の収益モデルを電子版の売り上げとネット広告収入を軸にする」「紙の新聞は徐々にシュリンクさせる」「広告代理店と握るため、ネット広告専門の広告代理店を電博なんかと合弁で作る」「新聞社の電子メディアの広告料金の設定で当社がイニシアティブを握る」ーーといったことでした。我ながらよく練った案だと思いました。

たぶん今読まれると、「何だふつうのことを言っているじゃん」と思われるでしょうが、26年前のことですから、これが当時は大爆笑になったんですね。上の言い分はだいたいこんな感じでした。①PCを使いこなせる記者なんてレアだ。おまえは自分が使えるからと言っていい気になるな。そもそも導入費や訓練費がかかり過ぎる、②電子版なんて読むのはオタクだけだ、③電子版に先に記事を出したら、紙の紙面を待っているお客さまに申し訳ない、④そもそも最終降版時間や黒板事項、他社との協定はどうするのか、この決めがない、⑤電子版の価値を上げたら紙の新聞の価値が下がる、すなわち紙の新聞の広告料が激減するから、広告局がOKを出すはずがない、⑥販売局と新聞の販売代理店をどうするのか。大量の失業者を出すし、販売代理店の突き上げを喰らうではないか、⑦そもそも電子版主体にしたら、年商が大きく落ちるから新聞社の経営が危機になる、⑧電算写植をやっている部門にも失業者を出す、⑨新聞社で労組が強いのは制作部門と販売部門なので、労組が大反発するーーといったものでした。

「相変わらずあの変わり者が変わったことを言い始めた」「ものを知らないにもほどがある」「バカも休み休みに言え」という感じでした。社長も編集局長も労務担当常務も広告局長も販売局長も呆れるか激怒しました。論説主幹だけ「言いたいことはわかる。だけど時期尚早だから、これは机の中にしまっておけ」と言ってくれました。

でも僕はこの資料作成にあたって、NewYorkTimesやWall Street Journal なんかの仲の良い記者から情報収集していて、米国の新聞社が電子メディア化に突き進んでいるのを聞いていたし、ZDNetやCnetみたいなコンピュータ系の電子メディアが普及し始めていることも調べていたので、日本の新聞社の経営者たちの頭の古さに深く失望したんです。「頭が5年、いや7年遅れている」と思いました。

ドッグイヤーと言われるIT業界において、この遅れは致命的です。この新聞社に「未来はない」と判断して、辞めることに決めました。悩んだのは「特派員に行ってから辞めるかどうか」だけです。特派員経験は一つの良い経歴になるし、僕が突然辞めると人事ローテーションが狂って困るからです。

でも1997年はまさに日本におけるIT革命が始まった年です。情報産業担当として、この動きをつぶさに見ていましたから、ニューヨーク特派員をやって3年ぐらい使って、この動きには乗り遅れたくない、「乗るならいまだ、チャンスは前髪を掴め」と決め、即座に辞めることにしたんです。案の定、いろいろ文句を言われましたが。

こうして新聞社を退職、まずは自分の会社を立ち上げました。やったのは①IT業界の取材記事を書いて寄稿したり、本を書くこと、②証券会社の依頼でアナリストレポートを書くこと、IT関連に強いアナリストを育成教育すること、③とりあえずIT業界の新しい動きになんらかの形で関わっておくこと、なんかです。仕事は面白いように入って、新聞記者時代より収入が増えました。

ところがそうしているうちに、取材していたIT企業のトップから「君、僕の仕事を手伝う気はないか?」と誘われたんです。僕はずっと取材する人、つまり「見ている人」だったので、これは一度自分が「やる人」になるのも面白そうだ、と思ってこの話を受けることに決めました。1998年のことです。ニューヨークに行くことは、この会社でやれました。

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